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スケート
運動音痴ではないので、
『運動神経は人一倍』
とは言わないものの、そこそこある。
そういえば昔、LONGHORN
POWERSと言う草野球チームで早朝野球をしてた事もある。が、
『スポーツというスポーツは全く駄目』
が正しい表現だと自分でも思う。
一寸待った!全く駄目ではなかった。
ただ一つだけ得意なものがあった!アイススケート!
冬季オリンピックを見る度に、アイススケートをしていた頃を思い出す。
スケート場が京都にもある事を知ったのは幼稚園の頃だった。
四条河原町の高島屋の南側に
『アイスパレス』
と言うスケート場に行った記憶がある。その時は見ただけ。
父親が
「手袋をしないで滑っていた人が、手を踏まれてエライ事やった。」
と話している印象が鮮明に残っている。
小学校の4年生の時クラスの憧れの君から
「今日お母さんに岡崎へスケートしにつれて貰うねん。」
と聞いて、
『行きたい!』
と思った。兎も角物事の始めと、事件の影に女が付いて廻るのが私の青春だ!
家に帰ってからねだってみても、そうは問屋が降ろさない。母親の答えは
「また今度。」
であった。
近頃の子供なら小学生だけでもスケート場くらい行くのだろう。
その当時のスケート場は、不良にカツあげされたり囲まれたりと良くないイメージがあったため、
小学生だけでは決していっては行けないところであった。
それから何ヶ月かして初めて岡崎アリーナに行く事が出来た。
入口にある遊園地の券売小屋みたいなところでで入場券と貸し靴券を買い、荷物を預け、
風呂屋の番台のようなところで滑走券に入場時間をスタンプして貰い、
スケート靴のエッジでぼろっぼろっになった廊下を進み、借りた靴を履いてようやく氷の上に立った、
のは僅かでこけた。
初めての時は友だちのお兄ちゃんが付き添ってくれたと思う。
僕らはゴワゴワで、ビチョビチョになった貸し靴を履いていたが、お兄ちゃんは
『セミスピード』
と言うマイシューズ。ものすご格好良かった。
中学生になったときにセミスピードの靴を手に入れて、足繁く岡崎に通った。
何事にも集中してしまう凝り性は、練習をしているスケート部の後ろをひたすら飽きもせず追いかけていた。
が、それも束の間、そこは手を繋ぐための目的で女の子を連れて行く青春のはけ口となってしまったのである。
情けない。
あのまま練習してたら今頃・・・アカンかぁ。
娘が大きくなってからアイススケートはとんとご無沙汰。今は見るだけ。
イヤイヤ、スピードスケートはラジオが面白い。
スピード感の無いテレビより、スタートからゴールまでの早い事早い事。吃驚しまっせ。無茶苦茶早い。
僕ら平気で
『メダル取れんかったなぁ。』
と簡単に言うけど、金メダルと4位との差は0.5秒もないくらいでしょう。
そんなモン、いちいち競争しんかて、みんなに金メダルあげたらエエのに。と思う。
『ホンマみんなよう頑張らはるわ。』
と感心しながら、岡崎選手の太股に一寸触れてみたい近頃の私です。
