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Banjoのひとりごと17 Banjoのひとりごと18 |
懐かしい味(昔のHOME PAGEより)
「昔のうどんは旨かったなぁ。」
「昔は今みたいに美味しいもんがなかったし、たまに食べるおうどんが美味しいように感じたんちゃいますか?」
父と母の会話である。
父の言うのが正しいと思ったのは、僕が数年前無添加の醤油、天然だし使用のうどん屋さんをプロデュースした時の事である。
開店の日にうどん好きの父を連れて行くと、
「ここのうどんは昔の味がする!」
と大喜び。
そうなんです。最近でこそ無添加の醤油も出回ってきましたが、一般に使われてる醤油には少なからず化学調味料の陰があるのです。
父の言う
『旨いうどん』
は化学調味料を使わないうどんだったのです。
そして、それを食べたとたんに何十年も前の出来事が走馬灯のように蘇ってくる、父にとっての懐かしい味なのです。
もちろん僕にも懐かしい味があります。
小学校も高学年になったころのお話。
毎週日曜日の朝には何10円かのパン代を貰って、弟と2人で木屋町松原の角っこにある
『新田さん』
へパンを買いに行きます。
木屋町通り側にパンのいっぱい入ったガラスケースがあり、
ちょうど交差点の角から店に入る入り口には
『ミルクホール』
と染め抜いた暖簾が掛っていました。
そこでぼくたち兄弟はパンを買うのです。
新田さんに置いてあるのは餡パン、ジャムパン、クリームパン、サンライスなどの菓子パンばかりで、
子供の目から見てもちょっと朝御飯向きではありません。
ある日そのことを母に話すと
「気ィつけて京阪の踏み切りを渡るんやったら」
と大和大路四条下るにある
『丸善パン』
を教えてくれました。
さっそく次の日曜日に行ってみると、そこには焼き立てのパンが並んでおり、
奥に喫茶室もある(確かそうであったと記憶している)パン屋さんでした。
数あるパンの中でもハムとキャベツのサンドイッチと塩パン(ヴェノア)は絶品でした。
新田さんで買うパンより少し高いものでしたが、パラフィン紙に包まれたそれは十分に価値ある逸品でした。
そのサンドイッチと塩パンを持ち帰り
『じゃじゃ馬億万長者』
を見るのが僕の子供のころの日曜の朝でした。
〜ワシら代々山育ち、鉄砲サ担いで山歩き。オメエの鉄砲が当たるかよぅ!あ〜ら当たった!石油が湧いた!〜
そして時は流れいつの間にか丸善にも行かなくなり、
僕はサンドイッチと塩パンのことをすっかり忘れていました。
何時だったか、ふいに塩パンが食べたくなった僕が丸善へ行った時には、
形こそ良く似ているものの全く食感の違う塩パンがあったでけで、サンドイッチも姿を消していました。
「もうあの味には会えないのだ・・・。」
1994年〜95年にかけて1st.
Album『元気』のレコーディングをしていた僕達少年倶楽部のところに差し入れがきました。
八百屋さんでも最近見る事が無くなったクラフト紙の袋にパンがいっぱい。
見るとそこには懐かしいパラフィン紙に包まれたドッグパン。
「この包みを見ると昔食べた『丸善パン』のサンドイッチを思い出すにゃ。」
と言いながらかぶりついたこのパンの味!!
まさしくもう会えないと思っていたあの日曜の朝の味であった。僕の脳裏に
『じゃじゃ馬億万長者』
のテーマが流れたのは言うまでもありません。
〜そこサ突然沸いて出た、金の卵の石油井戸。何がなんだかわからねぇど、俺たちゃたちまち金持ちサ。〜
今、僕は京都は堀川松原を西に入った
『まるき製パン所』
までこの単純なハムロールを買いに行く。
ドッグパンに3mm厚のハム(これは厚くても薄くてもいけない)キャベツの千切り、マヨネーズ。これが妙に懐かしい。
中学時代に食べた
『ニューバード』
や
『カツロール』
も、それぞれの時代を思い出すにはもってこいの味である。
ちなみに塩パン(ヴェノア)は錦林車庫の
『ヤマダベーカリー』
で入手している。
これもまた僕にとっては『じゃじゃ馬億万長者』のテーマもんである。
〜花の都のハリウッド、素敵な男が居るかしら?やれ行けそれ行けドンと行け!豪勢なくらしをやらかそう。〜
