|
Banjoのひとりごと44 Banjoのひとりごと45へ |
煙
永い平和・短い希望・駱駝。僕が吸っていた煙草の3大銘柄であります。
25年間、頑なに吸い続けて
「男が一度決めた事を途中で止める事は出来ない。」
と豪語していたものを、ぷっつり止めてしまったのが13年前。
きっかけは何もない。ホントに何もない。
ある日、体のために禁煙をしようと思い立って早速実行。1週間後、イライラムシャクシャが堪らずキャメルを購入、禁煙失敗。
その一週間後、近所の夏祭りの手伝いに出かけた。
朝からテントを張ったり買い出しをしたり。結構汗を流して働いていた。昼過ぎに気が付くと、その日の朝から1本も煙草を吸っていないではないか!
昼食を食べた後
「このまま何処まで持つかやってみよう。」
と思ったのが、きっかけと言えばきっかけ。
胸のポケットに十数本のキャメルを残したまま今日に至る。
25年の間に吸った煙草の本数はおよそ18万5千本、一本吸うのに3分掛けたとして煙草を吸っていた時間は9250時間以上
385日間、すなわち1年と一月くらい、チェーンスモークをしていた事になる。
金額にして190万円以上が煙となりゴミと化した。今の金額で計算すればもっと大きくなるだろう。
止めたいと思った事は、25年のうちに何回かあった。
その度にこんな計算をしたりもしたが、何の役にも立たなかった。
少年山荘に変わる前に住んでいた家を明け渡す時。たった5年間住んだその家の壁は、家具の後がくっきりすっきり残るほど黒ずみ、
さわると粘つきニコチンの匂いが染みついていた。
副流煙でそんな事になるのだから、主流煙を狭い肺の中に25年間も直接投与したことを想像するとゾッとする。
禁煙した人間の勝手な言いぐさだが、止めてから5年くらいはさほど気にならなかった人の煙草が、最近とても気になるようになってきた。
食事やお茶を飲む時に、他の席から煙草の煙が来るととても迷惑に感じる。ものの味が変わるから。
歩き煙草をしている人の後ろは歩きたくない。煙いのと同時に時々灰が飛んでくる。この灰が目に入った事があるが物凄く痛い。
最近ポケット灰皿を持って歩く人が増えたようだが、喫煙率が増加した女性に少ない。が女性の歩き煙草が増えている。
車の窓からポイと捨てる輩が目に付く。
全て、自分が吸っている時には自分もしていただろうし、全く気が付かなかった事。情けなくも思える。
僕の友人である食物研究家。今はカリスマと言われる彼が、食事の後にミニシガーを燻らす時がある。
「夕食の後に限っているのですが、吸いたい時に一本だけ吸うのです。」
素敵だ。
本当は煙草にこのくらいの存在価値を与えてやるのがよいのではないだろうか?と思う。
四条寺町を上がったところに
『SMOKER’S HEAVEN』
と言う店がある。
元々小さな煙草やさんとお土産物やさんであった処が改装して、今は数多くの紙巻き煙草と葉巻やそれに纏わるグッズを販売して居られる。
奥には葉巻のセラーもあり、勿論煙草を自由に吸える喫茶店もある。このくらいの文化力を見せつけられると
「もっぺん吸うてみよか?」
とも思う。
悪いのは煙草ではないはず。それを嗜む事の出来ない人間に全ての責任がある。
最近は煙草をうっかり吸った夢を見て飛び起きる事もなくなった。
何年か前にキャメルのパッケージデザインが変わった。
あの懐かしい戦前からのデザインが無くなったのだ。
今、僕の手元に一個だけ、昔のパッケージのキャメルがある。
それは末期の一服の時くらい、気に入らないデザインのパッケージから取り出した煙草なんか吸いたくないからだ。
