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器
陶器・漆器・ガラス器とそれそれ目的や用途によって使い分ける。
これだけの素材と大きさの違いを使い分けられる民族は、世界広しと言えど日本だけだろう。
西洋では同じ柄の大きさの違う皿を、スープ用・オードブル用・メインディッシュ用・デザート用等として使い廻している。
これなら人数が増えようが、割れて数が減ろうが、定番のデザインのモノで有ればいつでも補充が出来る。
これはなかなか合理的な考え方である。
日本ではそれも含めた上に、四季折々・中身の料理に合わせて・和・洋・中・作家もの・銀行の粗品等そのアイテムは拡がる一方。
収納庫だって貯まりすぎて、堪ったモノではない。
和食だけを食べていればそうでもないのに、いろんな国の料理を食べた結果がこの事態を招いているのだ。
僕も自分で料理を作り始めた頃は、新しい料理を覚える度に新しい器を買っていたような気がする。
いつ頃からだろう?今のように数を減らしていったのは・・・。
自分の本当に気に入った食器を少無く大切にする。
知らないうちにそんな考え方になってしまった。
勿論、ある作家の方から頂いたお気に入りの薩摩切り子のぐい飲みを、何週間もしないうちに割ってしまう様な事もある。
残念だが仕方ない。
だからこそひとつひとつの器をたいせつにできるのだ。
『気に入ったモンはすぐに割れる。』
『高いモンから割れていく。』
よく聞く言葉だ。
それはきっと扱いがぞんざいなのだろう。
どんなに高いモノでも、お金さえ出せば誰でも買える様になった今の時代。
丈夫で割れないプラスティックの食器で育った世代のタレントが、
高級料理店の塗り椀に陶器のレンゲを突っ込んで食べているシーンをみて心が痛む。
それどころか、我が弟の料理屋ではお椀で煙草の火を消す『セレブ』と呼ばれる女性のお客様がいるという。
アホか?
それぞれのモノにはチャンとした扱い方がある。
それを大切に守っていれば器は生涯、いや孫子の代まで使えるはずだ。
僕の友人の陶芸家。1歳の娘の食事を、自分の作った食器で与えている。
大概の子供は
『食事か砂遊びかわからんような食べ方。』
フォークでお茶碗叩いたり、お湯のみとお皿をぶつけたりするモンだ。
と思い込んでいた僕。
ヒヤヒヤしながら見ていた僕は驚いた。
器を扱うのが丁寧である。他のおもちゃとはチャンと区別している。
親が器を大切にしているのを見ているからだろう。
小さい頃から、凛とした親の姿勢を見せる事が大切だと身にしみて思った。
たかが器・されど器。大切にしている人を見ると。
その人がどんな環境でどんな育ち方をしたのかがわかる。
口が裂けても
『高いモンから割れていく。』
などと言ってはいけない。
