Banjoのひとりごと62              Banjoのひとりごと63  

  報告

 

3月23日(金)AM.9時30分、室町錦を少し上がたっところにある
『明倫小学校』
に到着。
この小学校は既に廃校となり、今は芸術センターと名前を変えている。
ご存じかどうか、少年倶楽部のDO-YOU REMEMBERと言う、童謡のアルバムジャケットを撮影した建物である。

先に乗り込んでいるスタッフの皆さんと挨拶を交わし3階の教室に入った。
教室は、まさにジャケット撮影をしたその場所。
古めかしい腰貼りに漆喰の壁。
鉄製の窓枠と、彫刻を施した黒板。
人が歩くとビリビリと音を立てる廊下側のガラス窓と重たい引き戸。
狭い教壇と小さな椅子と机。
この小学校の同窓生でなくとも、誰もが懐かしく思える場所である。
今日からこの懐かしい教室が、僕の新しい職場となる。
ここで、
『北村 謙のハッピー大人塾』
の収録が行われるのだ。

これまで何度かテレビに出た事はあるが、レギュラー番組はこれが初めて。
出演依頼があった時は、
「いいですよ。」
と軽く答えたが、後で考えてみるといろんな問題がある事に気付いた。
先ず、ラジオでは気にする事もなかった衣装の問題。
一日の収録で三本撮りなので、少なくとも3パターンの衣装が必要になる。
これまで着実に着るものを整理して来た僕にとっては、最大の難関である。
幸いにも
『三美』
の矢木さんが、快く衣装提供を承けてくださったので事なきを得ている。

今回のプロデューサーが、僕がBanjo弾きである事を全面に打ち出してくださったので、
楽器も必要となる。音楽のゲストが続いた時などは、ゲストとのセッションがあるのでBanjoも一本と言う訳には行かない。

テレビは、ラジオみたいにディレクターと僕の二人ではなく、
プロデューサー・ディレクター・カメラ・照明・音声・アシスタントディレクター・着付け衣装さん・各マネージャーが
それぞれの立場で番組を把握しなければならない。その為か収録の何日か前に送られてきた、進行表のFAXを見て
『FAXが腹を壊して紙を吐いた。』
と思ったほど。
「僕はコンサートはもとよりラジオや芝居・司会の現場をこなしてきたので、飲み込みは早いと思いますから、
 地球環境保護のために、僕の進行表は1枚にして下さい。」
とお願いしておいた。

長い進行表のせいなのか、打合せが完璧なのかセッティングが出来たと思ったら本番。
お茶飲んでゆっくり構えていた僕は、あわてて衣装を着替えることとなった。
いきなりゲストの久保比呂誌さんとのお話し、そして俵積み唄のセッション。
それが終わると、久保さんはニコニコ笑いながら帰って行かれました。

次に、アシスタントの藤井比菜子ちゃんがレポートしてきた  VTRを見てコメント。
エンディングを撮って、そしてオープニング。順番ぐちゃぐちゃ。
「そうか、テレビに収録の効率を上げるためにこんな撮り方をするのか。進行表をよく読んで全体を把握しないとエライ事になるなぁ。」
と思った時点で一本目終了。二本目もあれよあれよという間。

次回からこのテレビ番組の中で、このシステムの中で自分をどう映しだしていくのか?
初めて僕を見てくださる視聴者の皆さんや、応援してくれている皆さんに何を伝えればいいのか?
そればかり考えながら、収録を終え衣装を脱いだ。

それでもなお緊張している僕に、油引きした床の匂いがプンとやさしい。