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神がかり

 

スランプ?
そんな格好の良いモノは一流作家の言うことで、僕なんかはただの停滞。
曲は出来るけど、詩が書けない。
ヒョッとしたら、元々無かった才能が枯渇したのでは・・・・?
振り返ってみても特にさぼっていた事でもなく、ただ、ただ必死だったように思える。
四苦八苦とでも言うのだろうか。喘いでいた。
けど、ライブは続けなくてはならないけど、唄う歌がない。
え〜い、こんな時は人の才能でも借りておけ!とばかりに良い曲を選ぶ。
ライブが終われば、傷口は更に拡がっている。トホホ・・・。
そんな辛い期間が続きました。
2006年12月1日から2年3ケ月。

事の起こりは『ツキノヨル』を書いたこと。
元々の詩を触り倒しているうちに、何かしら言いたいことが掛けたような気がしました。
自分のこころを包み隠したような詩からの脱却。
それがイカンかった。
応援してくださる方には申し訳ないが、他の曲が意味無く思えたりもしました。
書いては破り、破っては書き、どうすればいいのだろう?
今年の初め頃は
「北山修さんに詩を書いてもらいたいなぁ。」
等と甘えも入っていました。

ある日オートハープ奏者の木崎 豊からの電話。
「今度、宝ヶ池のホンキートンクでブルーグラスのライブがあるにゃけど、手伝いに来てくれへん?」
「おぅ、その日空いてるし、行くわ。」
「ほな、7時に駐車場で待ってるわ。」
彼は、75・6年頃四条西木屋町のT琥珀Uに集まっていた仲間の一人。
毎日琥珀で演奏したり、音楽談義をしたり、その後祇園大亭で食事をしたり、錦京でビリヤードしたり、
また琥珀に戻って飲んだり、歌ったり、女の子口説いたり、振られたり、作曲したりした時代、
入れ替わり立ち替わりしていたのが10人ほど。
うちの一人。
いわば、僕の青春時代からの良き友。

何故かその電話で心が晴れて、その日が来るのを楽しみにしていた。
けど、まだ曲は書けなかった。

「おはよう!」
ある日の朝、目覚めた僕は階段をトントントン。
3段降りたところで、おでこの辺りに
Tこ・の・う・た・う・た・う・う・た・び・に・き・み・の・こ・と・を・お・も・いだ・すU
の文字が浮かんだ。琥珀の階段を昇って行くと、楽器を抱えて待っていてくれる仲間のイメージと共に・・・。

リビングの炬燵の上には、夕べも詩を書きかけていた紙とペン。
裏、白。
サラサラとその言葉を書き留めた。
すると、次の行も次の行も次の行も次の行も・・・・。
どうなったのだろう?まるで自動筆記。
何処かから詩が降ってくるのを受け止めていた感じ。
10分も掛からずに完成。Banjo持ってあっという間に曲も完成。

こんな事はこれまでにも何度か経験したことがあります。
『燦KIRAMEKI』  93年 9月
『地平の彼方』   95年10月
『悠久』      96年10月
『桜SAKURA』   98年 4月
『風の盆に恋をして』00年 8月
『笹百合咲いた』  02年 6月

こうして並べてみると2年に一回くらいのペースで『神さん』が降りてきています。

自分の頭の中がどんな風になっているのかは知りません。
きっと、これまで経験してきた様々な出来事が詰まっていて、何かがきっかけでその場所に刺激を与えるのでしょう。
Banjoのひとりごと10で書いた『心のボール』みたいに。
ヒョッとしたら作詞に大切なことは、経験したことを思い出すことなのかもしてません。

(別冊 少年倶楽部のライブで発表予定の詩です。)

 
この歌 唄うたびに 君のことを思い出す
今でも元気なのかな 微笑んでくれたえくぼの顔

いつも仲間がいる  君が待っていてくれる
僕は何も変わらず  バンジョー抱えて唄ってる

そんなやさしい時も もうすぐ何処かに辿り着く
その時泣こううれし涙で
ここまで歩けてよかったと


ありがとうネさようならと 手を振って逝った君
いつかまた逢えるのだろか あの頃みたいに笑いながら

思い出 散らばってる   小さな町のそこかしこ
懐かしいな確かそうだよ  君も居たこの場所に

そんなやさしい時も    もうすぐ何処かに辿り着く
その時泣こううれし涙で
ここまで歩けてよかったと

       『Banjoひとり旅』ー2008年2月1日ー

                  神様!またのお越しをお待ちしております。  謙

 

では別冊少年倶楽部の演奏でお聞き下さい。『Banjoひとり旅』です。