MFQとの再会 
夢の夜ー

2005年12月17日。岸和田で友人のクリスマスパーティに招かれ歌い終わったのが7時。
その後話に花が咲き、結局岸和田を出たのが10時過ぎ。後で思うと
『なんでこんな日に落ち着いていたのか』
と悔やまれる。
京都着12時。
『大寒波・大荒れ・雪』
の予報のため早々と京都泊を決めていたが
『このぶんなら帰れそう。』
で、今にも凍り付きそうな山道を走り少年山荘へ着いた時には1時を回っていた。

明日の予定は、MFQコンサートのオープニングアクトの稽古。
ブリーカーストリートクァルテットのメンバーも年末はそれぞれに忙しく、結局この日くらいしか練習が出来なかった。
1988年に出合ったMFQのことを思いながらフト外を見ると
『雪景色』
チャンチャンチャ〜ン。等と唄っている場合ではない。明日の昼からの稽古に行けなかったらそれこそ大変。
意を決して少年山荘を出たのが2時30分。もう15分も気付くのが遅れていたら恐らく稽古は出来なかったであろう。
出がけに
『まさかとは思うが19日の衣装も持って出よう。』
もう途中越も山中越もおそらく走れない。天城越えを唄いながらそう思う。
161号線を堅田から大津に向かう途中も
『雪』
サッキ帰ってきたところは1・2時間のうちにみんな真っ白になっていた。
京都のおばあちゃんの家に戻ったのが5時半。少年山荘からなんと3時間も掛かってしまった。

翌日お昼から稽古。準備万端。
『さあ、明日のために今日は早く帰ろう。』
の矢先に
『雪』
少年山荘のお向かいさんに電話をしてみたら
『帰らん方ガエエ。』
衣装を持ってきて大正解。今日も京都泊り。
こんな時の勘だけは兎も角さえている。

明けて19日いよいよ今日はMFQとの再々々会。
マーチンの車に楽器を積み込んで僕とムーが同乗。
ヨシオちゃんは別便で直入り。T'snを迎えに行ってからいざバナナホールへ。
3時からのリハーサルの予定が4時からにずれ込んだものの、ブリーカーストリートクァルテットのリハーサルは順調。
しかし、メインであるMFQはまだやってこない。
情報によると朝7時に東京を出発し名古屋まで来たものの、名神以外は閉鎖で物凄い停滞との事。
メンバーだけは新幹線で会場に向かったが、恐らくリハーサルが出来ないであろうと言う。
ブリーカーストリートクァルテットのリハーサルを終えて、MFQのリハーサルも僕等がやる事に。(どんなんや、それ!)
軽い夕食を済ませて開場に戻ると、舞台にMFQが!なんとか1本早い目の新幹線に乗れたので開場ギリギリに着けたらしい。
軽い挨拶を交わしただけでそのまま本番へ。

『今日は美川憲一と共演するコロッケの気分。』
と僕は言う。客席はMFQを熟知するお客様ばかり。やりにくいけど盛り上がる。勿論緊張もする。
1・SING OUT 2・苦難の時 3・砦を守れ 4・TO CATCH A SHAD 
5・SWING DOWN CHARIOT 6・故郷は心の町7・自由への道 8・ヨルダン河
唄いながら、みんな舞台袖を気にしていた。
そでからMFQのメンバーが聞いてはいないかと。それこそ一人でもMFQのメンバーの顔が見えたら唄えなくなるほど緊張する。
終わってホットした。MFQは楽屋に居た。イヤ居ると思い込んでいた。
20分のインターバルの後、いよいよMFQ。やっぱ、すごい、エエ。
サイラスの一言
『オープニングアクトで素晴らしい演奏を聞かせてくれた、ブリーカーストリートクァルテットに心から感謝します。』
『もぉ、エエ。なにもいらん。』
恐らくブリーカーストリートクァルテットのメンバーは全員そう思っていたでしょう。
1時間半のコンサート。アンコール2回。あっと言う間でした。
終わってから、マネージャーのカズ坂本さんに
『この後一緒に1杯打ち上げなぞ。』
と尋ねると
『メンバーが疲れているので、兎も角ホテルへ帰ってみんなに聞いてみます。』
ホテルロビーで待っていると。
サイラス・チップ・ヘンリー・ジェリーの順番にエレベーターから降りてきた。
マネージャーの話によると
『MFQのメンバーが客席の一番後ろでブリーカーストリートクァルテットを聞いていた。』
ええ〜しらんカットッテチンシャン。あぁ〜吃驚した〜〜。
そして
『短い時間になるだろうが、みんなと一緒に話がしたい。』
との事。うれしいじゃありませんか。
『いきましょ、いきましょ。』
早速近くの居酒屋へ。
彼らの注文は飲み物だけ。言葉通り、話に花が咲く
日本びいきの話・日本で暮らしていた子供の頃の話・そして勿論音楽談義。
同席していた我が娘が
『お父さんが唄っていたので、小さい頃から意味もわからず唄っていた。初めてホンマモンに出会えて喜んでいる。』
なんと娘はそう言って
『シンロー シーシヤリオォー カミホツカリミー・・・・』
と小さい頃覚えたカタカナSWING DOWN CHARIOTを歌い出した。
我が娘ながらこの度胸は見習いたい物である。ホンマモンの前でうたうかっ!
もっと驚いたのは、娘の唄に合わせてMFQが全員一緒にハモってる。負けじとブリーカーが唄う。フルコーラス。
歌い終わったら、アンコール。
『ヨルダン河』『OX DRIVER』と続く。
生・ノーマイク・アンプラグド・アカペラ
そんな条件の中でMFQとブリーカーストリートクァルテットの心通わすセッション。
来年、結成35周年を迎えるブリーカーストリートクァルテットにとって
これほどのお祝いがあるだろうか。(今書いていてもうれしくて涙が溢れる。)
続いてヘンリーが子供の頃日本で覚えたと
『雨降り(雨雨降れ降れ)』『靴が鳴る』『てるてる坊主』
を唄うと、チップがハワイで日本人がよく唄う
『炭坑節』
ブリーカーはサノヨイヨイ。
(言うときます。僕等が唄ったのではなくMFQが唄ってくれたのです。)
打ち上げに参加した渡邉 裕子はお店の人の
『もう閉店なのですが・・・。』
を何度も謝りながら無視して聞き入っていたとか。
いよいよ最後は両バンド究極の合唱
『リューシュー』
歌い始めはサイラスとムーチャン。間に挟まれて居たSTAFFは
『囲み唄』状態。放心。
歌い終わったのが12時。
居酒屋の玄関で、僕とサイラスの靴が同じ下駄箱に入っているのを見てT'snが
『あっ、エエなぁ。』
『お前にこの喜びが解るもんか〜。』
もう普通のファンである。
その後も表で写真大会。
来年の夏ヒョッとしたら・・・・?と聞いていたので
一人一人に
「See you next summer.」
と言うと
「I hope so.」
と答えが返ってきた。
彼らは20日金沢で公演。翌日東京で写真展を開いているヘンリーを残して
それぞれの街に帰っていくという。

少年山荘はこの間ほどではないにしろ、今日も雪。
ニュースでは北陸自動車道通行止めとか。
これを書きながら気になったので電話を入れてみたら
『もう金沢に着きました。』
良かった。

僕等が10歳の時に結成されたMFQ。青春時代にあこがれたMFQ。
彼らは僕等に音楽の楽しさと、仲間である事の素晴らしさを今も教え続けてくれている。
そして今回、僕等も仲間と認めて貰えた様だ。
追いかけていて良かった。ブリーカーストリートクァルテットも皆さんのようにいつまでも同じメンバーで歌い続けます。

深夜、雪の少年山荘。ホットしていると
『最高の一日でした☆おまいらとバンド組めて本当に良かったm(__)mありがとう♪』
ブリーカーのメンバーからメールが入った。

感謝(敬称略)
Cyrus Faryar
Henry Diltz
Chip Douglas
Jerry Yester
カズ坂本
浅田 浩
T'sn
土井月子
渡邉 裕子
小島 常男
岩崎 昌樹
ブリーカーストリートクァルテット
MFQファンサイトの皆さん
MFQを愛する皆さん

2005年12月20日
ブリーカーストリートクァルテット
Banjo  北村 謙